仙台高等裁判所 昭和60年(ネ)157号 判決 1985年9月20日
控訴人、附帯被控訴人
松田しげ子
同右
松田正一
右両名訴訟代理人
高山克英
被控訴人、附帯控訴人
羽鳥ヨシエ
右訴訟代理人
高橋一郎
主文
一 原判決一、二項を次のとおり変更する。
控訴人らは各自被控訴人に対し、金二二三万七二〇〇円及び内金一七三万七二〇〇円に対する昭和五七年八月二七日以降完済までの年五分の割合による金員の支払をせよ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 附帯控訴人の附帯控訴を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を被控訴人(附帯控訴人)、その一を控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。
四 この判決の一項第二目は仮に執行することができる。
事実
一 控訴人兼附帯被控訴人ら(以下単に「控訴人ら」という)は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人兼附帯控訴人(以下単に「被控訴人」という)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び附帯控訴棄却の判決を求めた。
被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決及び附帯控訴として、「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人らは各自被控訴人に対し金八六六万円及びこれに対する昭和五七年八月二七日以降完済までの年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決並びに右金員支払請求部分につき仮執行の宣言を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、双方が次の各主張を加え、控訴人らが当審における控訴人松田正一本人尋問の結果を援用したほかは、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。但し、原判決二枚目裏末行括弧内の「空」を「穴」と、同三枚目表一行目の「症害」を「傷害」と、同四枚目裏六行目の「四の2」を「三の2」と各訂正し、同六枚目表三行目の末尾に、「第六二号証」を加える。
(控訴人らの補充主張)
1 被控訴人が後遺障害であると主張する腹部膨満感、腹痛、便秘等は、腸透視等の検査を経ていないので、本件事故の以前からあったものか以後に生じたのか不明である旨の医師の報告もある。従つて、この困果関係不明な点については、仮に控訴人らに責任を負わせるにしても原判決認定の半分以下とすべきである。
また、右障害の性質、内容及び被控訴人が昭和五六年三月三一日に別の交通事故で再度受傷している事実等に照らせば、その労働力喪失率は一〇パーセント程度とすべきであり、その期間も精々一〇年程度で打切らせるべきである(甲第三六号証参照)。
2 被掟訴人が昭和五六年九月頃受領した自賠責保険金三〇七万円は後遺障害に対するものである。従って、これによる補填を看過して計算した原判決は誤りである。
3 先に抗弁の2で主張したとおり、被控訴人は、昭和五三年一〇月二五日控訴人正一から二〇〇万円を受領した際、後遺障害による損害を含めて爾余一切の請求をしない旨約して権利放棄をしたのである。すなわち、被控訴人は、その時までは後遺症の損害と合わせて二〇〇〇万円を超える金額の請求をしていたのに、右日時の直前控訴人らに対し、「家が差押えられるので二〇〇万円で示談にするからすぐ持つてこい。」との申入れをしたので、控訴人正一は急ぎ農協から借入れた二〇〇万円を被控訴人宅に持参して示談したのである。このように、被控訴人は、自己に後遺症があり、その請求金額も多額にのぼることを十分知りながら示談をしたのであるから、一切の権利放棄をしたのは明らかである。
(被控訴人の附帯控訴理由)
1 本件示談は被控訴人の夫羽鳥精一が被つた損害に関してのみ同人と控訴人正一間でなされたのであり、被控訴人になんらの影響を及ぼすものではない。右精一は被控訴人から代理権を授与されていなかつたし、代理の意思もなかつたのである。原判決が代理権を認定したのは誤りであり、従つて、示談を理由に休業損害と入通院による慰籍料につき補壊があつたと判断したのは不当である。
2 被控訴人と夫精一のこけし販売による月間利益は、甲第五八号証でも明らかなとおり金五〇万円ほどであつたから、年間六〇〇万円を下らないことになる。これを基礎に原判決の計算方法に従つて被控訴人寄与率を七割とし家事労働分一六〇万円の三割とを合算すると、その年間収入額は四六八万円となる。原判決のように納税申告額を基準にして計算するのは、実情無視も甚だしいものである。
右年間収入額四六八万円を基礎に、原判決の計算方法に従つて被控訴人の休養損害額を計算すると七三六万円となり、これに原判決認定の入通院慰籍料一三〇万円を加えた金額は八六六万円となる。
3 よって、被控訴人は、附帯控訴により、控訴人らに対し、原判決が認容した後遺障害による逸失利益及びその慰籍料等合計額一二五六万五〇〇〇円のほかに右の八六六万円及びこれに対する昭和五七年八月二七日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める。
なお、被控訴人の年間収入額が四六八万円となると、後遺障害による逸失利益の額も当然原判決認容額より増加する訳であるが、控訴人らの経済的窮状に鑑み、原審当時請求していた金額のうち原審認容額と右附帯控訴による追加請求額との合計額を超える分については訴を取下げ、控訴人らに請求しないこととする。
(控訴人らの前記主張に対する被控訴人の答弁)
1 控訴人らの前記主張1、2は争う。
2 同3の点は、原判決事実摘示のとおり控訴人らは被控訴人の再抗弁事実を認めているのであり、しかも当審で右摘示に従って原審口頭弁論の結果を陳述しているのであるから、控訴人らが同3の如くに主張するのは自白の撤回に該当し、且つ、時機に遅れた攻撃防御方法として排斥されるべきである。
理由
一本件事故発生、責任原因、受傷状況、損害のうちの入院雑費、以上の各点についての当裁判所の認定、判断は、原判決理由中の当該部分と同じであるから、その六枚目表七行目から同丁裏末行までの記載を引用する。
休業損害以下の点についてのそれも、次に付加、訂正する以外は原判決七枚目表一行目以下の説示と同一であるから、その記載(但し、末尾九項の結論部分の記載は除く)を引用する。
1 同七枚目表七〜一〇行目の「(2)」部分の説示を、「(2) 右営業の主体は右精一であつたが、被控訴人も素材の仕入や製品の販売を分担し、本件事故の約一年前からは絵付けをも手伝っていたこと、」と、同丁裏八行目の「七〇パーセント」を「五〇パーセント」と各改め、同面一〇〜一三行目の括弧内の部分を削除し、同八枚目表九行目の「三〇パーセント」を「五〇パーセント」と改める。
2 同一〇枚目裏二〜三行目の「二三〇万円」を二二三万三〇〇〇円」と、同面四行目の「三四・五を乗じたもの」を「三三・五ケ月を乗じ、一〇〇〇円未満の金額を切捨たもの」と、同面四〜五行目の「二五一万九〇〇〇円」を「二四五万二〇〇〇円」と各改める。
3 同一〇枚目裏一一行目の「(2)」以下同一一枚目表一一行目までの部分を、「(2)この後遺障害の程度につき九級一一号に該当するとの査定があつたことは前示のとおりであるが、自賠法施行令別表の当該部分は、「胸腹部臓器の機能に障害を残し、服することができる労務が相当程度制限されるもの」との規定であるところ、腹部膨満感、腹痛、便秘等を訴えるという程度の症状が果たして右の障害に該当するものとして同級所掲の他の障害と同列に扱いうるものかどうか疑わしいだけでなく、この点を不問にしても、被控訴人は前判示のとおり昭和五六年三月三一日同じく自動車運転中第二の交通事故に遭つたのであり、また原審及び当審における控訴人正一本人尋問の結果によつても明らかなとおり、被控訴人は前判示の如く川西町立病院に入院中経過良好との診断を受けていたのであるが、その時分、すなわち後遺症の懸念など問題となっていない時から腹部の後遺症を理由に控訴人らに対し二三〇〇万円の損害賠償を請求していたのである。これらの事実に徴すれば、被控訴人が訴える症状は心因性のものであると見ることも可能であり、またそうまでは断定しなくても、同別表一一級一一号の「胸腹部臓器に障害を残すもの」に該当する程度であつて、従つて、その労働能力喪失率は二〇パーセントであると判断するのが相当であること、(3)右労働能力喪失の期間について検討するに、障害そのものが右の程度であるのに加えて、原本の存在と成立に争いのない甲第三六号証には再手術による治癒改善の可能性も示唆されているのであるから、その期間は症状が固定したとされる昭和五六年六月一七日から一〇年間とするのが妥当である、とこのように認定、判断すべきである。<反証排斥略>、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
以上の検討結果に依拠して後遺障害による逸失利益を算定すると、二五四万二〇〇〇円(年収一六〇万円の二〇パーセントに当る三二万円にホフマン係数七・九四四九を乗じ、千円未満を四捨五入したもの)となる。」と改める。
4 同一一枚目裏三行目の「三一四万円」を「一〇〇万円」と改める。
5 同一二枚目表末行の「したがつて」から同裏三行目末尾までを、「控訴人らの当審での前記補充主張3は、弁論の全趣旨からすると原判決の認定、判断、殊にその認容額を前提としたものであつて、必ずしもこの点の自白を撤回したものとは解されない。故に、控訴人らは前記後遺障害による逸失利益と慰籍料との合計額金三五四万二〇〇〇円を負担していることになる。」と改める。
6 同一二枚目裏八行目の「一〇〇万円」を「五〇万円」と改める。
二以上のとおりであるから、控訴人らが負担した賠償額は、入院雑費合計金一万三二〇〇円、休業損害額金二四五万二〇〇〇円、入通院分の慰籍料金一三〇万円、後遺障害による逸失利益金二五四万二〇〇〇円、同慰籍料金一〇〇万円、弁護士費用金五〇万円、総計金七八〇万七二〇〇円となる。これから前記(原判決引用部分)損害填補額合計金五五七万円を控除した残額金二二三万七二〇〇円が控訴人らが現実に支払うべきで金額である。
よつて、控訴人らに対する被控訴人の請求中、金二二三万七二〇〇円及び内金一七三万七二〇〇円に対する昭和五七年八月二七日(本件事故後で、本訴請求趣旨変更申立書送達の翌日)以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める部分は正当として認容するべきであるが、その余は失当として棄却を免れないので、右と一部趣旨を異にする原判決を右内容に変更し、被控訴人の附帯控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官輪湖公寛 裁判官小林啓二 裁判官木原幹郎)